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斜面地に住宅を設計する方法。

新しいプロジェクトの依頼をいただき、敷地調査へ。

 

敷地は那覇市首里の斜面地。

 

写真右手の高低差3メートルの敷地に家を設計する。

 

不動産屋さんや建設会社さんから何千万という擁壁が必要、と言われた経緯もあったようで、この斜面地にいかに安全で、合理的に設計を行うことがまず最初のテーマである。

 

そして、快適で、環境に即し、さらに斜面地を生かした設計。

 

普遍的に存在する美しい空間、と様々なテーマが重層的に存在する。

 

建築をつくるのは、幾重にも重なる諸条件を創造的に整理し、とにかく粘り強く挑むしかない。

 

斜面地を眺めながら、いつも同じことを想う。

 

『今日で1年の半分終わったなぁ。

 

ワッター、あと10年生きられたら、あと9.5回で終いや』

 

現場でハツリのおっちゃんが言っていた。

 

ほんまやなぁ、、ええこと言うなぁ。。

 

確かに。。。もう半分終わったんやなぁ。

 

ワッターも、そうや。

 

今、この目の前に広がっている幸せ、奇跡に感謝して、この瞬間を楽しむしかない。

 

未来でも過去でもない。

 

 

とある休み。

友達の畑を手伝いに、ゴーヤーの花粉付け。

 

小さな実が、すくすく育ってる。

手伝った後の、ゆんたく。

 

休日の午前。

 

友達とのこんな時間がほっこりする。

 

 

設計の打ち合せの帰りに。

設計の打ち合せの帰りの那覇空港で。

 

おもむろに、ピアノへ立ち寄る男性。

 

突然、素晴らしい演奏が始まる。

 

この方のお人柄までにじみ出ているような、温かい演奏。

 

立ち止まって、聞き惚れて、拍手をする間もなく、また次の演奏へ。

 

一瞬で、空気を変えられる音楽の力って、本当にすごいなぁ、と思いました。

 

ご自由に弾いてください、っていう那覇空港の心意気にも感謝。

 

地盤調査

現在設計中の地盤調査。

 

天候にも恵まれ、無事終了。

 

遠くへ見える海をいかに取り込み、風景を切り取るか。

 

街の風景をつくり、

 

その先に、心の風景をつくりたいと考えている。

 

 

リアル。

コンクリート打ち放しで登場するPコン。

 

 

設計オンリーの時は、パネル割、Pコン割を書いて、

現場で確認。

 

 

どう割つけるか、とか図面上で散々考えていたけど、自分で工事をするようになってからは、

そういえば、あれだけ現場で見てたけど、実際コンクリート打ち放しを作ってみろ、って言われたら、

出来ないもんだ。

 

勿論、設計者の目線で、違うところをチェックするところが山ほどあり、Pコンの取り付け方やら、鋼管の締め方なんぞ、プレイヤー目線で、じっと見ている暇が無いというよりは、心のスペース自体が無い。

それより、現場での状況に臨機応変に反応しなければならないし、それどころじゃないのが実務。

 

『お前、設計やってて、そんなんも出来へんのか。現場で何見てんねん』

って、以前、親父から言われたこともあったなぁ。

 

けど、紙に書いてることを実際にやれ、って言われても、でけへんもんやなぁ、と。

何でもそうやなぁ、って思う。

 

特に、紙に書くことを仕事としている身にとっては、なかなか耳が痛く、厳しい現実。

 

ところで、そういえば、設計の看板をあげた時、処女作の和室の障子を設計する時、

紙を前に、手が止まったなぁ。

 

障子の組子を決めるのに、奈良と京都の建築を回って、1ヶ月ほどかけて寸法を与えたなぁ。

 

ってことを思い出した。

 

設計ができるからって、施工ができるわけじゃない。その逆も然り。

けど、現場で施工側で作ってたら、皆さんすごいなぁ、って思われるけど、

紙に書く仕事、って書いたり消したり、簡単にできるやん。って、思われる節もあり、なかなか紙に書く行為の重みを分かってもらえないのも現実。

 

勿論、他人の評価なんぞ、何の興味もないが、仕事として、価値の話になると難しい面もある。

 

どんな仕事もそうだと思うけど、自分が出来ていると思っている面って、本当に小さい面なんだと思う。

けど、その小さい面でも奥が深いのもまた真実。

 

やっぱり、すべてはリアル。そして建築は嫌なほど、リアル。

パソコン上で、書いたり消したり出来ないしんどさがある。

 

けど、やっぱり、すべて自分の手でつくりあげられる世界を、僕はいつまでも見続けていたい。

 

紙の上でしか、泳いでいなかった自分に対しての、何かしらのおそれなのか、好奇心なのかは分からないけど、

結局は、建築が好きなんやろなぁ、と最後はそこへ行き着く。

 

建築を作る喜びは1で、しんどさは9だけど、

その経験こそが人生のような気がしている。

 

 

 

my treasure

あれから、5年。まだ自分で建築をつくっている。

 

僕が欲しいところとか、おーっ!ここにフォーカスしてくれてるやん!

 

って、作者に感謝できる本に出会った時は、時空を超えた感激がある。

ちなみに、写真の本は、昭和三十四年十一月十五日発行、定価三千八百円。

 

だから、ちょっとした旅行へ行く時とかでも、思わず持って行ってしまう。

 

旅先の早めのビールのおかげで、読むことは98パーセントないけれど。。。

 

でも、そんな本に、触っているだけでも、幸せな気持ちになる。

 

ところで、

いつも旅先で、じぃーっと見ている、壁と屋根の取り合い。

 

いつか、いっぱい貯まったスケッチブックが本になったらおもろいなぁ。

 

想い。

この小道を抜けると。。

 

そこには何がある。

 

 

 

 

そこには、夢がある。

 

 

 

同じ景色を見ているこの何とも言えない心地よく、不思議な気持ち。

 

建築って、物質世界の最大種でありながら、けどそこで決して終わらせない、終わらせたくない想い。

 

そして、その想いが、共有できた時、どこにも売ってない気持ちに出会える。

 

想いを建築に込めて。

 

感謝。

 

声。

ちょっと、どうでも良いお話をさせて頂きます。

 

いつもですが。。。

 

日頃から、声を出していく、ということを意識している。

 

しんどい時は、しんどい声になってしまう。

お腹が空いた時は、お腹が空いた声になってしまう。

眠たい時は、眠たい声になってしまう。

 

でも、そんな成り行きの声を出していると、聞いた人に迷惑をかける気がする。

 

声って、ある意味、一方的な飛び道具みたいなもんで、自分の意志を伝える道具だから、

 

声を出すだけで、十分わがままのような気もする。

 

そんなわがままな飛び道具だから、

内容はともかく、声だけでもせめて迷惑をかけたくない、と思う。

 

だから、自分の気持ちや状況は置いといて、まずは、元気にハキハキと声を出したいと日頃心がけている。

 

人の生気を吸い取るような声だけは、絶対に出したくない。と。

 

結局は猪木イズムなんでしょうか。

 

明日からも気張ります。ファイヤー!

心の風景。

ずいぶん前になりますが、稲刈りの風景。

 

マイルーツ、心の風景です。

 

設計デザイン、というのは、自分の生まれ育った環境や、

ルーツがあって、

その上で旅をしたり、色々な経験をすることで、

生まれるものだと思います。

 

 

10人設計者がいたら、10通りの設計があり、他の設計者の方々も皆さんお施主様の為に、

最善の案を考えられているんだろうなぁ、

 

皆さん、素晴らしいなぁ、と設計村の住人として、いつも思います。

PROFILE

山本 雅紹

建築家
山本 雅紹
Masatsugu Yamamoto

一級建築士

宅地建物取引士

 

その場にしかない空気を求めて

 

十代の頃から世界を旅している

 

あの町のあの曲がり角で感じた風

路地に差し込む光

 

水面を照らし出す夕陽

樹々の隙間から漏れる光と影

 

人が彩る熱帯

人が集う静寂

 

旅は空気を教えてくれる

目に見えない空気をつくりだす

 

建築は空気。

 

山本雅紹

 

<趣味>

世界中の町の空気を肌で感じる旅を10代の頃から続けています。旅を通してその場で感じたことは、建築をつくる上で大きな原動力となっています。

 

<旅した国>

フランス/イタリア/スペイン/ドイツ/スイス/トルコ/オーストリア/エジプト/アメリカ/フィンランド/カナダ/インド/カンボジア/中国/タイ/インドネシア/メキシコ/ポルトガル
旅のスケッチ

 

<好きなこと>

ビールを飲むこと

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